「ヘテロ」と言う言葉

日本再生医療学会

(1)新型コロナ研究の進展
(2)健康長寿への挑戦
(3)「ヘテロ」という言葉 <==
(4)エクソソーム製剤
(5)実験解析のニュートレンド

日本再生医療学会の総会で、私が感じたことについて、発信します。
今回の話題は『「ヘテロ」と言う言葉』です。総会での研究発表では、「ヘテロな〇〇」という言葉をたくさん耳にしました。

 ヘテロな組織、ヘテロな構成、ヘテロな性質

さて、どういう意味でしょう?
「ヘテロ」という用語は、遺伝子に関して使うことが最もポピュラーです。つまり、ヒトは、父由来の染色体と、母由来の染色体、二本を持っている(相同染色体)ので、それぞれの染色体の同じ遺伝子座には、父由来の遺伝子と母由来の遺伝子があります。この2つの遺伝子が全く同じであれば、ホモ接合(例:血液型のAA型、BB型、OO型)、異なる場合は、ヘテロ結合(例:血液型のAB型、AO型、BO型)。生物の教科書に載っていました。だから私は、「ヘテロ」とは、異なる2つの組み合わせ、という意味なのだと思っていました。

Wikipediaで、「ヘテロ」の意味は、『「異なる」、「別の」、「他の」などという意味を付加するギリシャ語由来の接頭辞』と書いてあります。だから「ヘテロな組織」とか「ヘテロな構成」とか聞いた時、頭の中でたくさんの「?」が浮かんでしまいました。

研究者たちは、「ヘテロな」という言葉は、どうやら、「多様な」、とか、「不均一な」、といった意味で使っておられるようです。固形がん(悪性腫瘍)は、色々ながん細胞の複合体だそうで、そういう状態を示す場合に、「ヘテロな腫瘍細胞」と言うようです。また一般の臓器についても、1つのタイプのクローン細胞が集まっているわけではなく、1つの臓器は、さまざまな役割を持った細胞の集合体ですので、ヘテロな細胞組織というのは、私は、普通のことだと思います。しかし研究者にとっては「ヘテロ」は通常ではないような、あるいは苦手な感じを抱いておられる様に感じました。

科学の基本は「分析と統合」だと、学生時代に教わりました。ライフサイエンスでは、ヘテロな細胞集団から、1種類の細胞をソートし、その細胞について、発現している遺伝子の種類や量を調べる、とか、色々な抗体マーカーを使って、その細胞が発現している膜タンパクの種類を調べるとか、そういった研究内容の話がとても多いです。また、オルガノイドは、1種類の細胞ではなく、ヘテロな細胞組織ですが、どういう細胞で構成されているか、抗体マーカーを使って、細胞の種類や、組織構造を調べる、ということもよく実施されています。これってみな「分析」ですよね。分析することによって、研究者が立てた仮説に対するエビデンスを得る。ミクロな仮説がとても多く、ミクロな仮説の証明をしても、さまざまなミクロな現象が組み合わさった結果、組織としてどういうことが起こっているのか、マクロな視点で理解するといった「統合」的な研究は、あまり行われていないようです。

理工系でヘテロなことといえば、「合金」がすぐ頭に浮かびます。個々の金属の性質が組み合わさって、全く新しい機能が生みだされる。「超合金」という言葉は、とても魅力的な響きがあります。
社会科学は、ずばり、ヘテロな集団を対象とした学問です。「集団心理」。これは個々の人の心(ミクロ)だけを研究していたのでは、理解できない現象です。
ライフサイエンスで、マクロを対象とした分野といえば「生態学」があります。高校の生物の教科書では、「生態学」に多くのページが割かれています。この分野では「多様性」がキーワードになっていて、まさにヘテロな生き物の集団を対象とした学問です。

分子生物学は、分析指向ですが、再生医療を目指すためには、多様な細胞によって構成されるヘテロな組織に関する研究にも、もっと注力する必要があるように、私は、感じました。でも、少しそのような動きが出始めていますので、列挙したいと思います。

(1)共培養:トランズウェルやオーガンオンチップ(注1)を使って、異なる細胞を接近あるいは接触させて培養する。
(2)スフェロイド接合:異なる細胞によるスフェロイド同士を接合し、接合点から新たな細胞を生み出す。
(3)シングルセルRNA-seq解析(参考1)とCell-cell communication analysis(注2)
(4)多様なmiRNAを含むエクソソーム:多様なmiRNA成分を使った、細胞間コミュニケーション

思えば、漢方薬は、ヘテロな成分で構成された医薬品ですね。ヘテロだからこその薬効だってあるように思います。また、粘液細菌の集団についても、細菌叢の中で、細菌同士がコミュニケーションをして役割を分担し、社会を形成している、と言う話を聞いたことがあります。今後は「ヘテロ」にも焦点を当てた研究が多くなってくるように思います。

(注1)オーガンオンチップは、最近は、”Microphysiological System(MPS)”とか、「生体模倣システム」とか、言うそうです。
(注2)”Cell-cell communication analysis”は、”Cell-cell Interaction Analysis”とも言うそうです。ヘテロな細胞集団に対してシングルセルRNA-seq解析(参考1)を行い、そのあと、”CellChat”というプログラムを使って、細胞間コミュニケーションに関する解析がされるようです。

(参考1)シングルセルRNA-seq解析(10x Genomics社)
  https://www.youtube.com/watch?v=T4H8ZGQ5_jo

コメント

タイトルとURLをコピーしました