抗体医薬を細胞内に届ける?(続編)

雑感、その他

『巨大分子のため,細胞内に構造・機能を保持したまま取り込まれるのは難しい』、あるいはもっと簡単に『抗体は細胞内に入れない』と、いろいろな資料に書いてあることは、先のブログでも触れました。参考資料(1)にも、抗体は巨大タンパク質なので細胞内に侵入できないと書いてあります。しかし今回のこのブログでは、衝撃的なことを言わなければなりません。それは、『抗体は、ある程度、細胞内に侵入できるが、侵入しても、通常は細胞内で分解されてしまう』ということです。たとえ細胞内に侵入しても、抗体は、すぐに細胞内で分解されてしまう。だから抗体は細胞内に入れないように見える。こういうことを医学書や、医学に関する資料では、『抗体は細胞内に入れない』というように表現するんですね。専門家しかわからない言い回しなんですね。私はすっかり騙されてしまいました。恐れ入りました。

もう少し詳しく言いますと、抗体は水に溶けるタンパク質ですので、液性エンドサイトーシス(飲作用、ピノサイトーシス)(資料(2)参照)によって、ある程度、細胞内に入ることができます。細胞内に入った抗体は、細胞膜由来のエンドソーム膜に包まれています。エンドソーム膜の内側には、細胞膜に発現していた受容体も一緒に取り込まれます。その後、細胞質にあるリソソームが、そのエンドソームに融合し、リソソーム内にあるタンパク質分解酵素によってエンドソーム内の抗体は分解され、抗体としての活性が失われます。しかし、血管壁の細胞の表面にはFcRn受容体があって、血管壁の細胞内に入った抗体は、FcRn受容体と共にエンドソームに包まれます。エンドソーム内で抗体はFcRn受容体と結合し、それによってリソソームによる分解を免れ、そのエンドソームは再び血管壁から血管内に放出(エキソサイトーシス)されます(これを抗体のリサイクルと呼びます)。

図は、参考資料(3)から引用。用語を加筆。

いずれにしても、エンドソームに包まれた抗体は、エンドソームの壁を破って細胞質内に進出できないため、抗体が標的とする細胞内タンパクに取り憑くことができません。つまり、抗体医薬は、通常の方法では、細胞内タンパクを標的とすることができない、ということです。

工学系出身の私にとって、教科書や、信頼のおける資料に、『抗体は細胞内に入れない』と書いてあれば、それを定説だと思い、ああ、抗体は細胞内に入れないんだ、と、素直に読んでしまいます。ところが、ライフサイエンスや医学系の人は、『実験の結果、抗体は細胞内に入れないと、考察される』というように、読むようです。たとえ「入れない」と言った断定的な表現であっても、そのような読み方をするようです。ひょっとしたら少しは細胞内に入るのかもしません。だから、論文を読んで、実験によって得られたデータを見なければ詳細がわからないので、ライフサイエンスや医学系の人は、しょっちゅう論文を読んでいる、ということです。実験方法を変えれば、考察も変わる可能性だってあります。このように、ライフサイエンスには定説になっていないこと(通説と言います)がたくさんあります。というか、教科書を含めて、大部分は定説ではなく、通説だと思ったほうが良さそうです。これが、ライフサイエンスの難しさであり、一般の人との隔たりの原因だと言えます。しかし、通説がひっくり返ることが多々あるという事実は、ライフサイエンスの面白さであり、魅力でもあリます。

さて、このような抗体医薬ですが、細胞内で分解されずに、エンドソームから細胞質に進出するようにするためには、あらかじめ抗体に、ある工夫を施しておく必要があります。そのことについては、次回のテーマとしたいと思います。

<参考資料>
(1)「ポスト抗体医薬抗体様分子標的ペプチド「マイクロ抗体」の創出」 2017年3月20日
 https://katosei.jsbba.or.jp/view_html.php?aid=760『抗体は,多数のジスルフィド結合を含む巨大タンパク質(約150 kDa)であるため,細胞内に導入したり,細胞内で機能させたりすることができず,細胞内タンパク質をターゲットにできない』
(2)「エンドサイトーシスの定義、種類、手順」
 https://microbiologynote.com/ja/エンドサイトーシスの定義の種類と手順/#faq
(3)抗体医薬品の体内動態制御に関わる受容体:FcRn
 https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/136/5/136_5_280/_pdf

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