mRNAは遺伝子のコピー?

雑感、その他

いろいろなメディアで、mRNA(メッセンジャーRNA)は「遺伝子のコピー」だと、記述されています(例:資料(1))。はたして、mRNAは「遺伝子のコピー」なのでしょうか?(ここでは、mRNAは、ヒトなどの真核生物のmRNAを指すものとします)。
ここでいう「コピー」とは、DNAの遺伝子領域の塩基配列情報のコピーという意味で、例えば、ATGC/TACGという塩基対 は、AUGCというようにコピーされる、という意味です。

(答え)単純なコピーではありません。

通常、mRNAとは、成熟したmRNAを意味します。遺伝子の「コピー」だと言えるのは、pre-mRNA(mRNA前駆体)です。pre-mRNAは、確かにDNAにある遺伝子情報の「コピー」です。

しかし、多くのメディアでは、mRNAのことを、遺伝子の「コピー」だと言っていることに、私はとても違和感を持っています。こういったことが、mRNAが保持している、タンパク質のコード領域のことを「遺伝子」だと言ってしまう間違いに結びついているのではないでしょうか。

現在の生物学でいわれているのは、
(1)(成熟した)mRNAは、DNAの遺伝子領域のエクソン部分が選択的に組み合わさった情報を持っている。この情報の領域を、コード領域と呼ぶ。
(2)mRNAは、人工的なプラスミドから合成して作ることもできるので、必ずしも染色体DNAにある遺伝子から作られるものとは限らない。

染色体DNAの遺伝子領域からは、1つの種類のmRNAが作られるのではなく、選択的スプライシングにより、複数の種類のmRNAが作られます。

ヒトの染色体DNAにある遺伝子領域は、約2万カ所ありますが、それらから作られるタンパク質の種類は、約20万種類ある、といわれているのは、この選択的スプライシングが働くからだと考えられています。

この図(資料(2)からの引用に、”RNA”を”pre-mRNA”と編集)は、DNA上にある1つの遺伝子から、選択的スプライシング(Alternative Splicing)により、3種類のmRNAが作られる様子を示しています。1種類のmRNAからは、1種類のタンパク質(Protein)が作られます。

したがって、mRNAに注目すれば、mRNAは、遺伝子の単なるコピーではなく、むしろ、mRNAこそがタンパク質のコードを担っているという意味で、生命活動における主役的存在だということになります。DNAは、mRNAを作るための素材を蓄えているだけだと言えるのではないでしょうか。その素材が遺伝し、素材が収められている領域が、「遺伝子」と呼ばれているのだと思います。

siRNAやdsRNAを使って、mRNAを選択的に分解する(RNA干渉)仕組みを応用した核酸医薬品やRNA農薬が開発されていますが、そのターゲットとなるmRNAのことを、その元になっている遺伝子の名前で呼んでいるケースが多くあります。しかし、染色体DNA上にある遺伝子と、そこから作られるmRNAは、(真核生物の場合)1対1ではなく、1対多です。RNA干渉のように、mRNAをターゲットとする場合は、mRNAを区別するために、遺伝子の名前を使用するのではなく、mRNAのコード領域から作られるタンパク質の名前、あるいは、そのタンパク質のアミノ酸配列で表現すべきだと思うのですが、いかがでしょうか。

資料(4)のP17には、mRNAのこのようなコード領域のことを、CDS(Coding Sequence)と呼んでいます。mRNAをターゲットとする核酸医薬やRNA農薬などでは、遺伝子の名前でmRNAを語るのは、正確性を欠いていると、私はそう思います。

<参考資料>
(1)「RNAとは?【がんRNA研究分野】」 国立がん研究センター https://www.ncc.go.jp/jp/ri/division/cancer_rna/20211227164725.html
(2)「選択的スプライシング」 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%B8%E6%8A%9E%E7%9A%84%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%B0
(3)「プロテオーム解析」 Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E8%A7%A3%E6%9E%90
(4)「生物情報工学 BioInforma*cs」
https://ocw.nagoya-u.jp/files/561/lecnote_05.pdf

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