腸内細菌データベース

腸内細菌叢

さて、今回は、日本人の腸内細菌叢のデータベースに関する私の雑感であります。私の感想の前に、腸内細菌叢について、ざっとまとめてみました。

ヒトの腸内細菌の数は、約100兆個と言われています。ヒトの体を構成する細胞は、約37兆個と言われていますので、ヒトの体の細胞数よりもかなり多いです。また、ヒトの遺伝子の数は、約2万2千に対して、ヒトの腸内細菌が持つ遺伝子の数は、一人当たり、70万個とも100万個を超すとも言われています。つまり、腸内細菌はヒトが作れないような多種多様なタンパク質(酵素など)を作ることができる能力を持っている、ということです。
参考:https://www.asahi.com/relife/article/14375420

また、生活習慣病の場合、腸内細菌叢の乱れが原因であることが多いということがわかってきました。特に2型糖尿病と腸内細菌叢の関係について指摘する論文が多く見られます。腸内細菌叢の乱れが肥満を引き起こし、肥満が原因で血中の遊離脂肪酸が多くなり、肝臓でのインスリンの作用が低下し、膵臓からのインスリンの分泌が多くなり、膵臓の細胞が疲弊し、2型糖尿病になる、と言う構図です。糖尿病だけでなく、炎症性腸疾患、大腸癌、自閉症なども、その疾患の発症には腸内細菌叢が関係していることが証明されてきているそうです。認知症も、腸内細菌叢と関係があることが報告されています。

参考:https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/MM1605_03.pdf
参考:https://jsn.or.jp/journal/document/59_4/562-567.pdf
参考:https://dm-net.co.jp/calendar/2019/028950.php

そのような腸内細菌叢ですが、昨年(2022年)、多人数のヒトの腸内細菌叢を調査し、腸内細菌データベースを構築したという発表が相次ぎました。腸内細菌データベースに関して、少しその歴史を振り返ってみましょう。

2005年ごろ、次世代シーケンサー(Next Generation Sequencer:NGS)が開発され、DNAの塩基配列の読み取り効率が飛躍的に向上しました。DNAの塩基配列を解析するコストが大幅に低下したことにより、腸内細菌叢に対するメタゲノム解析(ショットガンメタゲノムシークエンス)を行うことが容易になりました。

2006年、雑誌「ネイチャー」にて、ジェフリー・ゴードン博士により、「肥満の人の腸内細菌はFirmicutes(ファーミキューテス)門に属する菌が多く、Bacteroidetes(バクテロイデーテス)門に属する菌が少ない」ということが報告されました。つまり、F/B比が高いほうが、肥満になりやすいということです。しかし、F/B比と肥満の関係に関する海外の研究報告は、日本人には当てはまらないという報告が出てきました。
参考:https://www.symbiosis-solutions.co.jp/column/column-0006/

2008年には、International Human microbiome Standards(IHMS:https://human-microbiome.org)が設立され、世界規模で、ヒト腸内細菌に関するデータベースを構築するという大型プロジェクトが立ち上がりました。その後、腸内細菌データベースは、欧・米・中国等の11カ国データが集められましたが、国や民族ごとに腸内細菌が異なることがわかってきました。
参考:https://www.asahi.com/relife/article/14339144

日本人の腸内細菌データはまだまだ少なく、日本人の腸内細菌について、本格的に調査することが求められました。

2017年、国内の製薬、食品、化粧品、検査などに関わる19社・団体によって、日本マイクロバイオームコンソーシアム(JMBC)が設立されました。健常人データの集積・データベース化することで、マイクロバイオームの産業化、特に医薬品については国内の創薬技術の底上げを目指す、とのことです。
参考:https://ynps.yakuji.co.jp/6659.html

そして、昨年の2022年、大型の日本人腸内細菌データベースが相次いで発表されました。
2022年に登場した、大規模な腸内細菌データベースには、以下の3つがあります。

(1)医薬基盤研究所 「世界最大規模の腸内細菌叢統合データベースを構築し、一部のデータを公開」 2022年3月31日
(2)東京医科大学、早稲田大学らによるグループ 「世界初の大規模マイクロバイオームデータベースを構築」 2022年7月20日
(3)大阪大学 「日本人集団の腸内細菌叢・ウイルス叢の特徴を解明」 2022年12月1日

2022年という年は、日本人の腸内細菌を本格的に研究する素地ができた年、日本人腸内細菌研究が本格的に始まった元年であると、私は思います。
この(2)の東京医科大学他のグループによるものでは、薬剤投与による腸内細菌叢の影響についても研究され、多剤併用(10剤以上)によって腸内細菌が悪化することがわかりました。一時的に多剤併用するのであればいいのですが、慢性疾患のために多剤併用を長期間続ける場合は、腸内細菌叢の悪化が定常化してしまい、他の様々な疾患を誘発する危険性があります。

私は、現代病と言われているものの多くは、腸内細菌叢(Micobiome)の乱れが原因だと思っています。腸内細菌叢は個人差が大きいので、研究は困難だとは思いますが、ライフサイエンスの研究者には、これらのデータベースを活用して、ぜひ頑張っていただきたく思います。
また、一般の健康診断や、クリニックでの検査でも、腸内細菌叢の検査を取り入れていただき、検査結果をデータベースと照合することによって診断する等、現代病への取り組みの一助にしていただきたく思います。

用語解説:
プロバイオティクス(Probiotics):人体に良い影響を与える微生物。
プロバイオティクス食品:プロバイオティクス微生物を生きたまま含む食品(ヨーグルト、納豆、など)
プレバイオティクス(Prebiotics):大腸の特定の細菌を増殖させる「餌」などにより、宿主に有益に働く食品成分(オリゴ糖、など)。
マイクロバイオーム(Microbiome):微生物叢。ここでいう微生物とは、細菌だけでなく、ウイルス、ファージも含む。
マイクロバイオーム コホート:病気の発症要因や予防因子を推定するために、マイクロバイオームに関して、大勢の人を長期間観察する研究
バイオインフォマティクス(Bioinformatics):生命科学と情報科学の融合。大規模データベースや、高度な解析技術を使用する。
ショットガンメタゲノムシークエンス(メタゲノム解析):微生物群集を培養することなくそのままゲノムを精製して直接、DNAシーケンサー調べることで網羅的に解析する方法。
F/B比:腸内細菌叢における、Bacteroidetes菌に対する、Firmicutes菌の割合
SCFA:small chain fatty acidの略。短鎖脂肪酸。

<参考文献>
JST 「微生物叢(マイクロバイオーム)研究の 統合的推進 ~生命、健康・医療の新展開~」 2015年
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/SP/CRDS-FY2015-SP-05.pdf

JST 「ヒト微生物叢(microbiome)に関する 研究開発戦略のあるべき姿」 2016年
https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2015/WR/CRDS-FY2015-WR-12.pdf

JMBC(日本マイクロバイオームコンソーシアム)のHP
https://jmbc.life/organization/index.html

JMBC(日本マイクロバイオームコンソーシアム)「2022年度 事業計画」 2021年
https://jmbc.life/disclosure/images/2022_plan.pdf

シリーズ 腸内細菌叢 12
「腸内細菌叢の解析法の進歩」 2020年
https://www.eiken.co.jp/uploads/modern_media/literature/P1-6.pdf

J-Stage 「腸内マイクロバイオーム解析の最新手法」 2022年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/36/3/36_149/_pdf

Med IT Tech 「世界初の大規模マイクロバイオームデータベースを構築」 東京医科大学ら 2022年7月20日
https://medit.tech/population-level-metagenomics-uncovers-distinct-effects-of-multiple-medications-on-the-human-gut-microbiome/

東京医科大学 【プレスリリース】日本人の腸内に生息するバクテリオファージの全貌と宿主・環境因子との関連を同定 ~4,198人を対象とした大規模データ解析により腸内環境におけるダークマターに光~ 2022年9月30日
https://www.tokyo-med.ac.jp/news/2022/0930_140000003065.html

医療ニュース 「日本人の腸内細菌叢ビッグデータベース構築、多剤併用等の影響解明-東京医科大ほか」 2022年7月25日
https://www.qlifepro.com/news/20220725/japanese-4d.html

国立国際医療研究センター 「薬の種類や多剤併用が及ぼすヒト腸内細菌への全貌を解明 ~世界に類を見ない腸内細菌叢ビッグデータベースを構築~」 2022年7月20日
https://www.ncgm.go.jp/pressrelease/2022/20220720.html

医薬基盤研究所
「世界最大規模の腸内細菌叢統合データベースを構築し、一部のデータを公開」 2022年3月31日
https://www.nibiohn.go.jp/information/nibio/files/cec9634c2f683fef4d9755af449838eaede43470.pdf

大阪大学 「日本人集団の腸内細菌叢・ウイルス叢の特徴を解明」 2022年12月1日
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20221201_1

[サイエンスZERO] アニマル“腸”能力!腸内細菌が絶滅危惧種ライチョウを救う!?| NHK
腸内細菌の垂直伝播 ライチョウのヒナは、親鳥のフンをついばむ。
https://www.youtube.com/watch?v=7h4SymU5Ro8

J-Stage 「ヒト腸内細菌叢のダイナミズムとダイバーシティー」 2017年
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jslab/28/2/28_74/_pdf/-char/ja

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